米国最大のネットラジオ「Pandora」(パンドラ)は、元マイクロソフトのブライアン・マックアンドリュース(Brian McAndrews)が最高経営責任者(CEO)兼社長兼会長に就任することを発表しました。

Pandora Names Brian McAndrews Chief Executive Officer, President and Chairman(発表資料)

マックアンドリュースは、現在のCEO、ジョー・ケネディの後を継ぎ9月11日付けで同職に就任します。ケネディは2月に退任を発表し、Pandoraは新しいCEO探しを続けてきました。

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Pandoraの創業者で最高戦略責任者のティム・ウェスターグレンは、

私達は新しいCEOに具体的な役割を求め、戦略的に適任者探しを行ってきました。ブライアンは候補者の中で誰よりもテクノロジーと広告ビジネスの共通点を理解しています。彼はaQuantiveでの目覚ましい成功がその高い理解度を証明してみせました。

彼は戦略立案、大規模な組織の指揮、そして大きなスケールでの成長と革新を促進することにおいて、高い評価を受けてきました。彼の就任はPandoraにとって大きな成長になります

とコメントしています。

Pandoraは候補者においてネットラジオの分野でリーダー企業の位置を維持するだけでなく、急成長する広告ビジネスをさらに伸ばす能力を持った人材を探していました。

マックアンドリュースは以前に、デジタル広告エージェンシー「aQuantive」のCEOを務めてきました。aQuantiveは2007年にマイクロソフトが同社の当時最大買収額60億ドルで買収し、マックアンドリュースはマイクロソフトの上級副社長に就任しAdvertiser & Publisher Solutionsグループ(広告&出版ソリューション事業)を指揮してきました。またマックアンドリュースは現在ニューヨーク・タイムズの取締役を務めています。

Pandoraの第2四半期業績では広告収入が全体の売上の82%を占め前年同期比44%増の1億2850万ドルとなり、Pandoraは広告ビジネスで大きな成長を見せています。

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これからのPandoraは音楽サービス企業ではなく広告企業だ!

音楽業界やIT業界の中には、Pandoraは知名度が高く、音楽やラジオ業界、コンテンツ業界での実勢のある経営者を探しているとの噂がありました。これまで上がった候補者の中には、ライバルのSirius XMの元CEO、Mel Karmazinや、Huluの元CEO、Jason Kilarの名前も噂にあがりました。また中にはネットラジオに優位な法案を通すため、立法の経験のある候補者を探しているとの噂もありました。

マックアンドリュースは上記のどの分野での経験もないまま、最も成長率の早いデジタル音楽サービスのCEOに就任します。

マックアンドリュースの採用は、Pandoraがこれから音楽テクノロジー企業から広告企業へ変化することを意味しています。マックアンドリュースはデジタル広告の分野での実績は十分にあります。しかし、彼は音楽ビジネスの経験がゼロです。従ってPandoraが今後音楽業界団体やアーティストとどのような関係を作っていくのか、関心が高まります。特にPandoraは出版社団体に支払うロイヤリティ料の引き下げをめぐり、低いロイヤリティ料を受け取ることになるアーティストや業界団体と論争を起こし、法律改正まで起こそうとしています。

またPandoraは現在、音楽ストリーミングサービスの分野で激化する競争に直面しています。今年に入りグーグル、アップルと巨大な資金力を持った企業がPandoraが提供しているパーソナライズド・ラジオの分野に参入してきました。またマイクロソフトやAmazonも音楽ストリーミングを開始しています。さらに、スポティファイやRdioといった先駆者もすでにサブスクリプション型の音楽ストリーミングサービスを提供しています。今年はヘッドフォンブランド「Beats by Dr. Dre」の音楽ストリーミングサービス「Beats Music」や、YouTubeのサブスクリプション型サービスがまもなく開始することが予想されます。

特にPandoraと同じく広告ビジネスを視野に入れたアップルの無料音楽サービス「iTunes Radio」が、新しいiPhone 5s/ 5cのリリースとともに米国で始まります。現在Pandoraはデスクトップ広告収入に加え、モバイルでの広告収入の成長に注力しています。新しいアップルのiOS 7にデフォルトで提供されるiTunes RadioはPandoraがこれまでプレゼンスを高めてきたモバイル市場に参入し直接対決を挑んできます。

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恐らくPandoraはマックアンドリュースの就任によって、今後広告プラットフォームとして裾野を広げ収益源の多様化を図るため、広告ソリューションの開発と提供に注力すのではないでしょうか?

どのデジタル音楽サービスにも言えることですが、Pandoraの存在価値は短期的視点で結論付けることは不可能です。例えばユーザーへの付加価値の提供やマネタイズ戦略の成功は、長期的視点に基づき評価することが重要です。

しかし最近(特に上場以降)Pandoraについて聞かれる話題は全てが短期的な業績と、アーティストとの悪化した関係性や自社に有益な法改正を示すネガティブなイメージばかりの印象があります。Pandoraがここまで大きな音楽サービスに成長したことは素晴らしいことだと思います。ですがデジタル広告の経営者がCEOに就任したことによって、Pandoraから音楽やアーティストを支援するための技術革新が今後生まれることは皆無になる予感がします。

結局、音楽ストリーミングサービスの収益化は広告ビジネスが最適だという考えを、Pandoraは経営体制で証明してくれたわけです。

だが僕は音楽サービスとしては違う考えがあると思います。それはスポティファイなどのサブスクリプション型音楽サービスで、コンテンツやパーソナリゼーションなど音楽好きがこれまでとは違うと感じる音楽体験を実現してくれると思っています。このアプローチは、サブスクリプション型動画配信サービス「Netflix」が実現している成功とユーザー体験にも当てはまると思います。ここでもコンテンツの提供や高いユーザー体験の実現といった新しいテクノロジーとコンテンツのミックスがカギとなりますが、それは広告テクノロジーよりもユーザー向けテクノロジーに左右されるところの方が大きいと言えます。

いずれにしてもPandoraの決定は、現代の音楽ビジネスが限りなくテクノロジーによって大きく左右することを示す一つの流れだと思います。

ソース
Pandora names former Microsoft exec as its new CEO(9/11 The Verge)
Meet Brian McAndrews, Pandora’s $400 Million CEO(9/12 All Things D)


Jay Kogami

執筆者:ジェイ・コウガミ(All Digital Music編集長、デジタル音楽ジャーナリスト)

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