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ニューヨーク出身のヒップホップ・グループ、ウータン・クラン (Wu Tang Clan)が20111年以来となる久しぶりのアルバム「The Wu – Once Upon A Time In Shaolin」をリリースします。

しかしウータン・クランがこのアルバムをいつ、どのフォーマットで発売するか、発表していません。どのレーベルからリリースされるかも分かっていません。それどころか、デジタルダウンロードやストリーミングサービスで先行配信されることも発表がありません。

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その代わりにグループはアルバムを世界で1枚のみリリースします。それも内容を明かさないアートとしてパッケージ化して、数百万ドルの価格で発売する計画です。

このプレミアム版「The Wu – Once Upon A Time In Shaolin」は銀と銅の彫刻されたアート作品です。この豪華なパッケージに納められたアルバムは「販売」される前に、美術館やアートギャラリー、音楽フェスなどで「展示」され、世界各地を巡る予定です。

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ケースを作成したのは、モロッコ系英国人アーティストYahya氏。3カ月かけてカスタムメイドされたケースです。ちなみにYahya氏は世界の王族やビジネス業界のトップをクライアントに持つアーティスト。

ウータンのリーダーRZAと、プロデューサーのTarik “Cilvaringz” Azzougarhによれば、「展示」されるアート作品を鑑賞すると同時に(入場料は30-50ドルほど)、会場にセットされたヘッドフォンで31曲の収録曲をその場で聴くことができる体験型イベントを計画するそうです。

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アート・アルバムの展示ツアーが終了後には、グループはこのアート作品を「数百万ドル」単位で1人のコレクターに販売します。

購入に関しては、企業が自社のPR目的で購入することも出来ますし、レコード会社が購入しこれまで通りの流通網で販売することに使うことも可能です。また個人のコレクターが収集目的で購入しても構いません。

5年の歳月をかけて制作された本アルバムは、31曲のダブルアルバム。ウータン・クランのメンバー全員がレコーディングに参加、さらにスペシャルゲストにはRedman、Bonny Jo Mason、そしてスペインサッカー王者FC バルセロナの選手も参加しているという、内容も興味深い作品です。

アルバムのアート化戦略に辿り着いた理由には、ウータンが本作を製作するのに5年の歳月を要したことが大きく表れています。グループのオリジナルメンバーが製作に参加し貢献してきたことで、作品に対する思い入れが大きくなったことから、音楽的価値を最大化するためにはどうすればいいのかを考えた末に、アルバムをアート作品化して「展示」する戦略に辿り着きました。

ウータンはこのアプローチを実現することで、現在の音楽業界が抱えるビジネスモデルや、情報飽和状態の中におけるアートとしての音楽の価値についての議論を活性化させ、ビジネスの考え方を変えていこうとしています。それが今回のアートアルバム戦略の背景にあります。

「The Wu-Once Upon a Time In Shaolin」はアート作品として鑑賞されることによって、話題性やユニークさで注目されますが、一方では作品の音楽をオンラインでマス向けに配信できないことで、リスナーを獲得する機会を失うかもしれません。しかしこれも音楽をアート作品として理解して、そこに対価を払う本当の消費者に作品を届ける、アーティストとファンが直接つながれるアプローチの可能性にチャレンジするためのリスクです。

誰もチャレンジしたことのないこのアプローチはこれまでフォーブス誌やタイム、ニューヨーク・タイムズなど主要なメディアに取り上げられ、話題性を高めています。

ソース
Why Wu-Tang Will Release Just One Copy Of Its Secret Album(3/26 Forbes.com)


Jay Kogami

執筆者:ジェイ・コウガミ(All Digital Music編集長、デジタル音楽ジャーナリスト)

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