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アップルのBeats買収によって、Beats共同創業者のドクター・ドレーとジミー・アイオヴィンはアップルの経営幹部に就任することが決定しました。買収に伴って、ジミー・アイオヴィンは長年トップを勤めてきたユニバーサルミュージック傘下のインタースコープ・ゲフィン・A&MのCEO兼会長職を辞任します。

インタースコープ・ゲフィン・A&Mは後任に36歳のジョン・ジャニック会長兼CEOに就任することを発表しました。

ユニバーサルミュージック・グループの会長兼CEOのルシアン・グレンジ (Lucian Grainge)は、

ジョン・ジャニックのCEOと会長への昇格を発表できてとても嬉しく思います。2年前にユニバーサルミュージックに来て以来、彼は最も才能があって、革新的で起業家精神溢れる音楽業界のエグゼクティブの一人と見なされていることをコンスタントに証明してきており、次世代の業界のリーダー世代の中でのキーパーソンになるだろう

と強く太鼓判を押しています。

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ジミー・アイオヴィンはジョン・ジャニックについて

ジョン・ジャニックはインタースコープ・ゲフィン・A&Mをリードするための必要な条件を兼ね備えている。彼は自分のレーベルを始め、レコードを作るアートと、レコード会社とアーティストのユニークな共存関係、さらに歴史上最高の1つに値いするロースターを代表するとてつもない責任を理解している。理想の後継者を見つけ、育てることは自分にとってつねに重要事項だった。だからジョン・ジャニックを見つけた時はワクワクした。過去数年に渡り、ジョンを後継者として指導してきた間、ルシアン・グレンジはユニバーサルミュージック・グループを変革させた。この変革は、インタースコープが安泰だと確信させ、今の移行を可能にしてくれた

とコメントしています。

ジョン・ジャニックは大学在籍中の1996年にわずか18歳でインディーズレコード会社「フュエルド・バイ・ラーメン」 を設立、ここからはフォール・ アウト・ボーイ、パニック・アット・ディスコ、パラモア、fun.などを発掘しメインストリームのスターへ育ててきました。

2011年にはワーナーミュージック傘下のエレクトラ・レコードの再建を託され、ブルーノ・マーズやシーロー・グリーンらを成功させます。

2012年にユニバーサルミュージックに移動し、インタースコープ・ゲフィン・A&MレコードのCOOに就任しました。

ジミー・アイオヴィンが1989年に立ち上げたインタースコープ・レコードはドクター・ドレーやスヌープ・ドッグ、ノー・ダウト、エンリケ・イグレシアスなどプラチナム・ヒットを生み出し業界内で地位を確立したことによって、1999年にはゲフィン・レコードとA&Mレコードと合併しインタースコープ・ゲフィン・A&Mとなり、レディー・ガガやエミネム、ナイン・インチ・ネイルズからイマジン・ドラゴンズ、ケンドリック・ラマー、Maroon 5など有名アーティストを抱える一大レーベルになりました。

昨年インタースコープは米国アルバム売上シェアが7.72%でレコード会社の中でトップの成績を収めることに成功しています(ニールセンSoundScan調べ)。

36歳でレディー・ガガやエミネム所属のレーベルのトップになること自体信じられませんが、この人事を実現してしまうユニバーサルミュージックの大胆さにも驚きます。長年トップを務めてきたジミー・アイオヴィンからいきなり若いトップに変わったことで、ユニバーサルミュージックだけでなく音楽業界にどんな刺激を与えてくれるか、期待が持てます。

 

ソース
John Janick to Succeed Jimmy Iovine as Chairman, CEO of Interscope Geffen A&M(5/28 Billboard)

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Jay Kogami

執筆者:ジェイ・コウガミ(All Digital Music編集長、デジタル音楽ジャーナリスト)

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