© Noa Griffel 2014

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YouTubeの音楽ビジネスの救世主となれるか。

YouTubeは、元ワーナーミュージックの会長兼CEOで、インディーズレーベル「300 Entertainment」の代表を務める、音楽業界のベテラン、リオ・コーエン (Lyor Cohen)が同社初の音楽部門グローバル責任者 (Global Head of Music)に就任すると発表しました。

コーエンは、YouTubeが欲していたレコードレーベルやアーティストなど音楽業界との橋渡しの役目を担います。

YouTubeは今、音楽業界最大の敵と目されています。その大きな理由は、業界の支払われるロイヤリティの低さで、アーティストやレーベルへの分配が不平等なまま改善されないことに業界全体から苦言を呈されら非難を浴びています。つまるところ、、関係が悪化しています。コーエンの就任は、業界とYouTubeの関係を改善することが大きなミッションとなります。

コーエンのキャリアは、音楽史に名を残すメジャーレーベルと共に動いてきました。80年代後半から2000年代半ばまで「デフ・ジャム」「アイランド・デフ・ジャム」のビジネスを拡大させた実績を持ちます。ビースティーボーイズ、パブリック・エナミー、LL Cool J、ジェイ・Zなど、ヒップホップとR&Bシーンのパワープレーヤーたちがコーエンのデフ・ジャム時代に次々とヒット作品とリリースし、音楽ビジネスの世界でのデフ・ジャム・ブランドを確立してきました。

そして経営者として、ポリグラムやユニバーサルミュージック、アイランドレコードによる買収や統合でも生き残り、その後はワーナーミュージックのCEO職を手にした人物です。

ワーナーミュージックではCEOとして、デジタル音楽サービスへの戦略転換をグループ内で推進する立場となります。コーエンの大きな実績の一つに、2006年に広告からの収益を条件に、YouTubeとワーナーミュージックの動画配信でのライセンス契約を結んだことが挙げられます。YouTubeにとって、これが初めてのメジャーレーベルとのライセンス契約という歴史的な快挙でした。

コーエンの実績でもう一つ大きいのは、アーティストとの「360度契約」を業界に広めた人物として知られており、度々非難される360度契約のビジネスモデルを擁護してきた側面があります。

2012年にワーナーミュージックを離れた後、自身のレーベルである「300 Entertainment」を設立、Fetty Wap、Young Thug、Rich The Kid、Conrad Sewellなど若手アーティストや無名アーティストたちの発掘を進めてきました。「300」の設立においては、グーグルが500万ドルの資金を投資しています。今後コーエンはYouTubeでの役職に専念するため、300のCEO職は12月5日で退任することが決定しています。

リオ・コーエンのYouTube参画は、世界レベルで成長する音楽ストリーミング業界とアーティスト・コミュニティとの未来を示しています。Apple Musicでは、ドクター・ドレ―とジミー・アイオヴィンの2大巨頭が、レコード会社とサービスが常にベストなディールを実現できるよう方向性を示しています。

先日、Spotifyは、トロイ・カーターの参画を発表しました。元レディー・ガガをマネージャーとして世界的な地位に押し上げたカーターは、デジタル音楽時代の新人発掘と音楽マーケティングにおける第一人者と言っても過言ではないでしょう。現在も音楽マーケティング会社Atom FactoryのCEOとして、新人アーティストたちのビジネス戦略を立てるだけでは物足りず、スタートアップへの投資やアクセラレータープログラムを立ち上げる姿勢は、新たなアーティストの発掘に通ずる部分が垣間見れます。

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さらにTIDALはオーナーのジェイ・Zが、アーティスト向けの音楽ストリーミングサービスを作るため、著名なアーティストたちの支持を集めるため、話題性抜群のコンテンツを次々に獲得しています。

YouTubeのビジネスを統括するロバート・キンセル(Robert Kyncl)は、以前はNetflixで配信ビジネスへの舵取りに携わってきた実績がありますが、音楽業界でのキャリアはコーエンの足元に及びません。そして今YouTubeは、世界の音楽業界共通の敵になりつつあり、友好関係を結ぶことに苦戦しています。

IFPIは、2015年にYouTubeの支払ったロイヤリティ料は、Spotifyのそれと比べて1/3しかなかったと、広告式音楽ストリーミングの少ない貢献を「Value Gap=価値の乖離」と指摘する衝撃的なレポートを発表しました。この発表後、YouTubeはアーティストやレーベルなど音楽業界から、ユーザー数に反してロイヤリティ支払料が不平等として、直接忠告を受けてきました。内部情報によれば、アメリカでYouTubeがレーベルに支払うロイヤリティは、1ストリーミング再生あたり0.0010-0.0015ドルと、業界最低のレートと言われています。

そして今回、YouTubeがレコード業界のベテランを引き抜き、音楽部門の重要職に据えました。これは、YouTubeが、アーティストやレーベルと信頼関係を取り戻し、Apple MusicやSpotifyとのストリーミング戦争に挑もうとする姿勢の表れです。もしコーエンが、アーティストを説得しYouTubeと直接配信契約を結ぶといった動きに移っても不思議ではありません。

かつて360度契約でアーティストの権利ビジネスを再定義したように、コーエンが得意とするアーティスト育成とリーダーシップがYouTubeの音楽部門に業界が信頼できるビジネスモデルを実現できるか、今後の動きに注目が高まります。

ソース
Lyor Cohen Named YouTube’s Global Head of Music (Billboard)


Jay Kogami

執筆者:ジェイ・コウガミ(All Digital Music編集長、デジタル音楽ジャーナリスト)

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