音楽好きが集まり、アーティストや音楽話を共有しながらコミュニティを作り、音楽体験を一変させる。

これは、音楽スタートアップが生まれる時によく聞こえてくる価値提案の一つで、音楽を「ソーシャル」「コミュニティ」といったキーワードと組み合わせて、”今までと違う”ファン向けサービスの開発を目指すスタートアップや起業を目指す人が、成功する方法を懸命に模索してきました。昨今では、ここに「VR」や「IoT」といった”イノベーション”系の流行語も組み合わせて、話題を作るケースも少なくないはずです。

これは海外の音楽業界にとどまらず、国内の音楽業界でも似た考え方が常にあります。グローバル化が進む音楽業界やエンターテインメントの分野は、テクノロジー中心の産業に変わり始めたばかりで、他業種に比べて、既存概念に囚われない未来のテクノロジーと新しいアイデアに期待する兆候が未だに強く残っていることも、こうした動きに注目が集まる理由の一つと言えるでしょう。

しかし、音楽コンテンツやアーティストを軸としたコミュニティプラットフォームやSNSが成功する確率は低く、大きな成功事例が生まれていない事実が厳しい現状を物語っています。

なぜ、音楽のSNS化は期待が高いにも関わらず、その多くは失敗するのでしょうか?

今回は、アメリカ人ジャーナリストで作家のコートニー・ハーディング(Cortney Harding)が、2016年6月に「Medium」内のメディア「Cuepoint」で公開して、海外の音楽スタートアップ界隈で議論を呼んだ記事「なぜ音楽ソーシャル・ネットワークは絶望的か」(原題:Why Music-Based Social Networks are Doomed)を、本人に許可を頂き翻訳した日本語記事を掲載します。

Why Music-Based Social Networks are Doomed (Medium)

コートニー・ハーディングは、カナダで開催された音楽ビジネスカンファレンス「Canadian Music Week」に筆者が招待された時、スピーカーの一人として参加しており、その際に知り合いました。彼女は、音楽ビジネス、スタートアップ、テクノロジーを横断した分野で活躍するジャーナリストであり、かつてはBillboard Magazineのエディターを務めていました。

現在はVRをテーマにしたエンターテイメント業界と企業向けのコンサルティングエージェンシー「Friends With Holograms」を立ち上げ活動しています。また、エンターテインメント業界や音楽業界で著名な卒業生を輩出しているニューヨーク大学のアート学部(TISCH School of the Art)の非常勤講師も努めています。

Crowdmixは氷山の一角

この記事で語るのは(執筆時2016年6月)、ロンドンの音楽スタートアップ「Crowdmix」。音楽ファン向けのサービスを約束して、投資家から1400万英ポンド(約2000万ドル、約20億円)を集めるほど注目を集めながら、正規にローンチすることなく、2016年7月に破産しました。

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via Business Insider

Crowdmixの破綻の内状に関しては、「Business Insider」のこちらの記事が詳しく報じています。

How Crowdmix collapsed into administration after raising over £14 million (Business Insider)

Crowdmixは、ユニバーサルミュージックで全世界のデジタル戦略責任者だったロブ・ウェルズ(Rob Wells)を招聘し、アメリカ地域のCEOに任命したことから、音楽業界からも注目を集める存在となりました。

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ハーディングが指摘する問題点は、音楽スタートアップやソーシャル系音楽サービスの創出を否定するものではなく、音楽コンテンツを軸に形成するSNSやコミュニティ育成における現状の課題と未来への可能性です。彼女の問題提起が、日本で今後生まれる音楽サービスやスタートアップ、起業に関わる方、音楽業界の方のヒントになれば幸いです。

音楽スタートアップや音楽業界へ向けた起業のモデルも変化し続けています。日本でも、音楽業界や音楽ビジネスに貢献しインパクトを与えるスタートアップが、今後増えていくことに期待が高まるはずです。

ですが、日本における音楽スタートアップの可能性と未来についての議論はもっと盛んに行われるべきだと感じています。もしご関心ご興味のある方、この記事にご意見のある方がいらしたらご連絡お待ちしています。


なぜ音楽ソーシャル・ネットワークは絶望的か:欠陥しか生まないプロダクトたち

以前、「音楽スタートアップの崩壊」(原題:The Music Startup Meltdown)というタイトルの記事で、私は音楽スタートアップ「Crowdmix」と、彼らが成功した数百万ドルの資金集めに注目して、音楽スタートアップの状況は決して悪くないと書いた。しかし私の考えは間違っていた。

2016年3月以来、Crowdmixが崩壊するまであっという間だった。最初はレイオフの発表、次にCEOの退職、そして社員の給料未払い問題(すでにこの問題は解決済みと伝えられた)。2016年5月にCrowdmixが約束した音楽ベースのSNSアプリのローンチは、6月末になっても一向に発表の兆候さえ見えてこない。

私は幸運にもデモ製品を試すことができた。正直な感想は、それほど悪くない印象だった。洗練されたデザイン。充実した機能。しかし、それだけで音楽スタートアップを救うことはできないはずだ。ソーシャル音楽サービスが直面する最大の問題は何か? それは、デザインやエンジニアリング、新規事業開拓では解決は出来ない。それは、スケールメリットによる問題とそのジレンマなのだ。

Crowdmixが、音楽市場を狙った世界初のSNSではないことは、お分かりだろう。そして、この領域では幾度も悲劇が繰り返されたにも関わらず、恐らく今後も音楽SNSの登場は続くだろう。初期のMySpace(以下MySpace 1.0)は、間違いなく世界初の音楽SNSであり、特定のジャンルに抑制されていたにも関わらず、一時期は膨大なユーザー数を誇った。MySpaceがあれほどまで人気を得た理由の一つは、YouTubeを除けば、音楽ファンがフリーで音楽を聴ける場所が稀有だったからだ。その後、MySpace 1.0は崩壊を迎え、再ローンチ後も失敗に終わった。

新MySpaceが成功しなかった理由の一つは、あらゆるSNSと同様に「スケール」の問題だ。私が経験した新MySpace体験が象徴的だ。招待コードをもらう。サインアップ。コンテンツをチェック。知り合いが誰もいない。終了。私がサービスに戻ることはなかった。多くの人も同様だろう。

もしCrowdmixがサービスを開始した時、彼らは同じ問題に直面するはずだ。現代のユーザーはすでにFacebook、Twitter、Instagram、Snapchatでソーシャル上のニーズは満たされている。時間と忍耐が求められる新たなプラットフォームには、エンゲージメントしたくなる仕掛けを作り、何度も利用したくなる強力なフックが必要だ。Facebookがサービスローンチを大学のキャンパスで始めたことは、スマートだ。ローンチ時に数百人がサインアップした時、大学内の知り合いがすでに登録している可能性が高い。そのユーザーを軸にして成長することが出来た。Crowdmixはドラスティックなピボットをしない限り実現不可能だ。

そしてCrowdmixの運命を決定付けるもう一つのポイント、それはスケールだ。本当に憂鬱ですよね。成功するにはスケールし続けなければいけない。しかし、もしスケールできたとしても、Crowdmixが提供する価値提案の多くは、本来の意味を失っていくだろう。

Crowdmixが提案する価値は、アーティストをテーマにしたコミュニティにファンは参加したいはずで、コミュニティ内でファン同士でつながり、チャットしたり、お互いをフォローしたり、気の合う相手を見つけて一緒にライブに行きたくなる人が増えるだろういうものだ。全てすばらしいが、問題がある。それは、アーティストが有名になれば、ファン同士が共通点を見つけにくくなっていく。ニッチなバンドやジャンルを想像してみよう。例えば、メタルの中でも変わったスタイルが好きだとすれば、そのバンドやジャンルが好きな誰かと共有できる話題でつながる可能性は高い。しかし、不幸ながら、他の誰も聴かないインディーズのアーティストが好きな人向けにサービスを作れば、投資家たちに投資額に見合った収益を作ることは不可能だ。したがって、出来ることと言えば、ジャスティン・ビーバーのような著名アーティストを中心にしたコミュニティを作ることだ。「Biebs」(ジャスティン・ビーバーのファン)を責めるわけではないけれど、ジャスティン・ビーバーが普通に好きなごく普通の人たちは、恐らく他のファンとそんなに共通点を見つけられないだろう。「手の届かない地位にいる有名ポップスターが好き」が理由に集まった大勢の人たちとコミュニティを形成することに、誰も興味を抱かない。

これに加えて、多くのニッチなコミュニティは、お互いがつながれる場所がすでに存在する。「Meetup」は今でも巨大なプラットフォームだ。メッセージボード(掲示板)も十分に機能している。これら全てを考慮すれば、Crowdmixは問題しか見えてこない、極めて素晴らしい製品であることが分かる。

私はこの記事でCrowdmixを攻撃したいわけではないことを理解してほしい。特に、その他のソーシャル音楽サービスが成功しているとは言えないだけにだ。低価格の音楽ストリーミングサービスで、ソーシャル機能を持つというピッチで登場した「Cur Media」は、サービスが立ち上がりもせず、経営者の交代と挫折に悩まされている。私がこれまで見てきた数知れない「音楽好きと出会い、アーティストが見つかる」アプリで大成功した起業家は存在しない。「Backplane」は、レディー・ガガのファン向けのSNSサービス「Little Monsters」の仕組みを他のアーティストにも提供するはずだったが、飛び立つことはなかった。

音楽を軸にしたソーシャルネットワーキングは、機能であり、製品ではない。The BumbleとSpotifyのパートナーシップは、カッコよくて楽しそうだが、追加機能であり、両サービスのコア・プロダクトになる可能性はない。Apple MusicはConnectを再設計してソーシャル機能を追加するかもしれない。Spotifyもソーシャル連携を増やすかもしれない。しかしながら、彼らがソーシャル機能に巨額の投資を行うことはないだろう。

何度も言うとおり、私はCrowdmixのデモを一度見ただけだ。もしかすると、彼らは私が自分の発言を撤回させるほどの奥の手を隠し持っているかもしれない。しかし現状は、ソーシャル音楽サービスが成功するための道は、課題だらけだ。そして誰も、打開策を見つけられていない。

参考:
http://cortney-harding.com/
Twitter @cortneyharding

ソース
Why Music-Based Social Networks are Doomed (Medium)
Top image by hugovk via Flickr


Jay Kogami

執筆者:ジェイ・コウガミ(All Digital Music編集長、デジタル音楽ジャーナリスト)

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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