世界最大のレコード会社ユニバーサルミュージック・グループは、契約するアーティストとそのマネージャー向けに、ストリーミング再生やSNSのエンゲージメントなど音楽データが可視化できるモバイルアプリ「Universal Music Artists」をアプリストアでリリースした。
Universal Music Artistsアプリは音楽ストリーミングのグローバル再生データをサービス別にも見ることが出来る。Spotify、Apple Music、Amazon Music、YouTubeでの再生データの推移をグラフで表示。2020年にはDeezerの再生データも統合される。国別とグローバルで再生数の多い楽曲毎のインサイトも表示する。
Universal Music Artistsアプリではリスナー・データの可視化もでき、プラットフォーム別のリスナー・アクティビティや、アクティブなストリーミング再生とフォロワーの比率、プラットフォーム毎に国別のリスナーデータ、性別や年齢などのデモグラフィックも表示される。
アプリはまた、アーティストやマネージャーにプレイリストに楽曲が追加された際のアラートをリアルタイムで出せる。
そして、Facebook、Instagram、Twitterでのメンションやコメント数、シェア数、フォロワー数の推移も確認でき、エンゲージメント率の高い投稿の種類やプラットフォームが把握できる。
Universal Music Artistsアプリは、iOSとAndroidでダウンロードが可能になっているが、ユニバーサルミュージックと契約するアーティストとマネージャーは、アプリへのログインをレーベルにリクエストできる。
アクセス権限は、アーティストが契約するレーベルや、ユニバーサルミュージックの関係者と権限を割り振ることもでき、見える情報も変えることができる。
Universal Music Artistsアプリでは、ストリーミングやSNSのデータを見やすくしたインターフェースデザインを実現するため、シリコンバレーのプロダクトデザイン・エージェンシーの「YML」と協力して、アプリを設計している。
ユニバーサルミュージックで開発を担当したデータ解析チームは「世界地域の全音楽プラットフォームのデータを網羅し、アーティストと担当チームに最良のデータとインサイトを提供すること」を目指す。ユニバーサルミュージックによれば、同社がSpotify、Apple Music、YouTubeの3プラットフォームから取得し蓄積した再生に関するデータだけで、1.05ペタバイトにも上るという。
アーティストにはデータ分析アプリが重要な時代
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Universal Music Artistsアプリが優れているポイントの一つは、メジャーなストリーミングサービスを網羅するだけでなく、国別やプラットフォーム別での再生データが見やすいビジュアルに変換されて、リアルタイムで表示されるというところだ。
想像してもらいたい。レコード会社から再生データをアーティストやマネージャーが受け取ろうとしても、そのデータがExcelやCSVファイルだったとしたら、データを分析する気力も興味も薄れるだろう。
また、アーティストやマネージャーにどのようなデータをレコード会社が共有するかも重要だろう。
レコード会社から提供されるデータを待つ必要も無くなってきた。アーティストやマネージャーは今や、SpotifyやApple Musicなどのデータを、アプリやダッシュボードから各自が確認することができる。「Spotify for Artists」や「Apple Music for Artists」は、プラットフォームの再生数やプレイリストからのストリーム、リスナーのアクセスする国や性別など、細かいデータを無償で教えてくれる。
代表的なプラットフォームが提供する公式データ分析ツールはこちら。
Spotify:Spotify for Artists、Spotify Analytics、Spotify for Publishers、Spotify for Podcasters
Apple Music:Apple Music for Artists
YouTube:YouTube Creator Studio
SoundCloud:SoundCloud Stats
Pandora:Pandora AMP、Next Big Sound
また、The OrchardやIngrooves、Amuse、Kobalt/AWAL、CD Babyなど、ディストリビューターを使って楽曲を配信するアーティストやマネージャー、レーベルも、各社が提供するダッシュボードからそれぞれのストリーミング再生データや売上の分配を見ることができる。
データを知ること、理解することの重要性は、ストリーミングの世界だけに留まらない。チケットセールス、ECとマーチャンダイジング、ファンクラブやメルマガ、SNSの投稿、ラジオのエアプレイまで、デジタル化されるあらゆる情報はアーティストやレーベルが作品を広げるための武器にできるからだ。
欧米ではすでに、再生数を伸ばしたり、ファン数を増やすための最適な音楽マーケティングを設計し素早く実践するために、根拠を実証してくれる音楽データをクリエイティブやビジネスにも活用する手法が拡がっている。
感覚的な意思決定や属人的な閃きがクリエイティブの全てを作っていた時代からは変わってきた。新人やマーケティングに投資ができる十分な資金源があれば、属人性に依存するのも良いかもしれない。だが、収益性を確保したいレコード会社やアーティストには、直感も必要だが、それだけではリスクが大きくなってしまう。直感とデータを併用することで無駄な時間や手間、コストを減らせるというメリットにも繋がっていく。このアプローチの必要性はストリーミングだけでなく、マーチャンダイジングやチケットセールス、ライブビジネス等、あらゆる音楽の領域で高まっている。
今回ユニバーサルミュージックがリリースしたUniversal Music Artistsアプリは、メジャーレコード会社としては先進的な取り組みで、アーティストやマネージャーに向けて、リスナーと再生データを共有して有効活用していこうとする、未来のレコード会社のアーティストとの関係性を打ち出したアプリでもある。
データを見たり理解できるアーティストは今後、さらに増えるはずだ。しかし現状ではそれは一部に過ぎない。
またプラットフォームから提供される再生データを常に把握したり、音楽活動やマーケティングに応用させるにもアーティスト本人だけでは全てはカバーしきれない。知りたいデータの総量が増える分、処理するためのツールが必要になってくる。
ユニバーサルミュージックがアプリで伝えているのは、楽曲配信に対するデータから、次にどんな行動や施策を打てば効果を最大化できるかの判断を多様なプラットフォームに対して下す洞察力と行動力が、ストリーミング時代で成功するためには重要だということで、この判断を下す立場もアーティストに主導権が移りつつあるという音楽時代の流れを象徴している。