ソニーミュージックは、イギリスを拠点にグローバル展開する音楽ディストリビューター/レーベルサービスのAWALを、音楽出版社のKobalt Musicから買収する契約で合意したことを発表しました。買収額は4億3000万ドル(約451億円)。
ソニーミュージックはKobalt Musicの隣接権徴収事業も併せて買収することも発表しています。
AWALは、世界中のインディペンデント・アーティストに様々なサービスやデータ、投資、専任チームを付加価値として提供しながら、100%著作権をアーティストが保有できるディストリビューターとして知られてきました。
一般的に、レコード会社がアーティストと契約する時、リリース作品の著作権をレーベル側が多く保有します。そのため、アーティストは自身の作品の利用や、著作権収入が制限されてしまいます。音楽作品の収益化や、自由にストリーミングで配信したいアーティストには向いていないケースが多々あります。
こうした契約条件が活動の自由を阻害するとして、インディペンデントになるアーティストや、ディストリビューターを使って配信するインディーアーティストやレーベルが世界的に増えています。
AWALのビジネスモデル
AWALは設立当初から、このようなメジャーレコード会社のあり方とは逆の考え方で運営しています。最も対象的なのは、著作権を全てアーティストに保有させるアプローチを継続していることです。
AWALから配信されるアーティストにはLauv、Finneas、AG Club、girl in red、Nick Cave & The Bad Seeds、Little Simzなどがいます。過去には、Tom Misch、R3hab、Rex Orange County、Lil PeepなどがAWALで配信してきました。
AWALの親会社である音楽出版社Kobalt MusicのCEO、ウィラード・アードリッツ(Willard Ahdritz)は昨年、AWALから配信する多くのアーティストはストリーミングからの分配で年間10万ドル(1000万円)以上の売上を得ている、とインタビューで発言しています。
AWALの主なビジネスモデルは、配信契約するアーティストを3つのレベルにカテゴリー分けすることで成り立っています。アーティストのロイヤリティ売上に応じて手数料を取ります。
「AWAL Coreディストリビューション」は、標準的なディストリビューション契約です。審査を通過したアーティストであれば、世界のどの国のアーティストでもAWALのシステムから音楽ストリーミングサービスへ配信ができます。この場合、売上の約15%をAWALが受け取ります。
「AWAL+」は、ディストリビューションする中で可能性あるアーティストに対して、より幅広い活動を実現するためのサービスやツール、データダッシュボードが提供されます。この契約は、少数のアーティストに限られます。約30%の手数料になります。
最後にあるのが「AWAL Recordings」での契約です。これは一部のアーティストとのグローバル契約で、専門のチームやレーベルサービス、活動に対する投資、ビジネスの新しい機会を提供して、自由な音楽活動をアーティストがAWALでできるようにするための契約です。Lauv、Finneas、Little Simzなどのアーティストがこの契約をAWALと結んでいます。
レベルがあがれば、AWALから提供されるサービスの内容も、拡大していくシステムです。提供されるサービスは、ディストリビューションからデータ分析ツール、A&R、アーティストチーム、投資、マーケティング、シンクロ、ラジオ+PR、グローバル戦略など、契約形態によって多層化します。
AWALとThe Orchardが揃うソニーミュージック
ソニー・ミュージックは、Kobalt Musicの隣接権ビジネス、Kobalt Neighbouring Rights (KNR)も買収しました。
この部門ではエド・シーラン、アリアナ・グランデ、Cardi B、Concord、Secretly Canadianなど多数のアーティストやレーベルの隣接権からの収益徴収を行っていました。2013年のサービス開始以来、2000組のアーティストやレーベルに対して2億5000万ドル以上(約260億円)を還元しています。
AWALとKNRは、ソニーミュージック内で新組織を編成します。
ソニーミュージックはすでに、音楽ディストリビューター・テクノロジー会社The Orchardで世界的に成功を収めています。AWALは買収後も、The Orchardからは独立して、引き続きアーティストの発掘や契約を行います。
一方、AWALは今後、The Orchardのシステムを活用していきます。
AWAL契約のアーティストはソニーミュージックとThe Orchardのグローバルネットワークを使った活動が展開できるようになるため、配信やファンエンゲージメントの領域が広がっていきます。
ソニーミュージックは将来的にAWALへサービスを拡充するための投資も行う予定です。
また今回の買収により、ソニーミュージックやThe Orchardと契約するアーティストやレーベルは、KNRの隣接権徴収サービスを活用できるようになります。
The OrchardとAWALを合わせると、ソニーミュージックがインディー音楽事業で、他のメジャーレコード会社(ユニバーサルミュージック、ワーナーミュージック)よりも、事業領域を大きく拡大してきたことを意味します。
メジャーレコード会社であるソニーミュージックが、インディー音楽市場の覇権争いで、大きく他社をリードしたと言えます。同時にこれは、メジャーレコード会社がインディー音楽において、かつて無いほどの影響力を持つ時代が来たことを示しています。
これは、インディペンデント・アーティストにとって、何を意味するのでしょうか? 日本を含めて、世界のインディー音楽ビジネスやアーティストにとって音楽を取り巻く状況が変わる可能性が出てきます。
2019年度のAWALの業績は、売上高が前年比86%増加して1億1150万ドル(約117億円)でした。
筆者が現在、日本で運営に携わっている、イギリスの音楽コンサルティングサービス「Music Ally」でデジタル戦略の責任者を努めているパトリック・ロス(Patrick Ross)は、元AWALでマーケティングの責任者をしていました。
AWAL在籍中には、SpotifyのPre-save機能を考案したのもパトリックと彼のチームでした。
現在は、世界中のアーティストが活用するアイデアとなっていますが、当時はメジャーレコード会社でも実現できなかったアイデアだからこそAWALで実現できたと話をしていました。
課題は、このようなアーティスト目線でのサービス開発が引き続きAWALで行われるのか、です。利益最優先でディストリビューションビジネスを世界各国に広げるだけでは、AWAL本来の良さが失われる可能性もあります。
source:
Sony Buys Kobalt’s Label and Neighbouring Rights Division (Billboard)