欧米で展開してきた、高音質の音楽ストリーミングサービス「Tidal」の株式過半数を、デジタル決済プラットフォーム大手の「Square」が取得することで合意しました。Tidalは、ヒップホッププロデューサーのジェイ・Zが運営者に名を連ねる事で知られてきました。Tidalはまだ日本ではサービスを開始していません。

株式の取得金額は2億9700万ドル (約320億円)。

今後もTidalはSquareとは別会社としてサービス運営を続けます。Squareはまた、ジェイ・Zが同社の取締役に就任することを発表しました。Tidalの経営には、Squareでハードウェア部門のトップを務めるジェシー・ドロガスカ(Jesse Dorogusker)が、暫定CEOとして加わります。

買収によって何が変わるのでしょうか?

変わらないのは、Tidalが音楽ストリーミングサービスとして急成長するには期待できないことが言えます。Squareは、音楽ビジネスのノウハウも、ストリーミングを強化するための音楽専門のテクノロジーも持ち合わせていません。Tidalが、SpotifyやApple Music、Amazon Musicとユーザー獲得で競争しても、競争力で差は開いてしまいます。

ハイレゾ・高音質ストリーミングはTidalがローンチ当初から取り組んできた差別化要因ですが、音楽市場でシェアを奪うほどユーザー獲得には繋がりませんでした。海外の音楽業界では、Tidalの高音質ビジネスの成長に期待する声はそして高音質の領域には、Amazon Music HDがすでにあり、Spotifyも高音質配信「Spotify HiFi」のローンチを発表するなど、グローバル・サービスの参入が続いています。

Squareの買収で関心が高まる領域は、アーティストのマネタイズかもしれません。

Squareは今後の計画として、Tidalで配信するアーティストがマネタイズできるツールの開発を目指すとしています。

これが実現すれば、Tidalにとって大きな方向展開でもあり、アーティストが収益を直接得る新たな可能性を示唆します。

音楽業界は長年、様々なロイヤリティ支払いや、収益分配といったお金の送金をあらゆる場面で必要としてきた業界です。

しかし、アーティストやレーベル、出版社などは、売上を回収したり、権利者同士で分配する仕組みが、利用するディストリビューターよって異なったり、契約に左右されるなど、常に問題を抱えています。

特にアーティストはファンに直接自分の作品やコンテンツを販売できる仕組みを常に探しています。グッズ販売や、ファンクラブ的なコアファン向けのコンテンツ、ライブのチケット販売や投げ銭、音楽レッスンの時間など、コロナ禍で広がった様々な収入源をまとめるキャッシュフロー管理ツールは必要とされています。

Tidal買収は、Squareがフィンテックを音楽業界やアーティストの領域に広げていきたい意図が感じられます。

SquareとTidalで想定されるツールの一つは、Squareが展開する電子送金アプリCash Appです。銀行口座を持つ必要なく、お金を送受信できる同アプリは、コロナ禍ですでに多くのインディーアーティストが直接ファンに「投げ銭」をお願いするなどして、ファンファンディングに活用されています。Cashと同様、アーティストに人気のアプリはVenmoがあります。

音楽向けのキャッシュフロー管理ツールやフィンテックが提供されれば、旧態然のレコード会社がアーティストに約束してきたライセンス契約に一石を投じる可能性があります。アーティストはレコード会社と契約することなく、ディストリビューターで配信することで、著作権を自分で管理しながら、収入源を確保するチャンスが広がります。そして音楽向け決済ツールにアクセスできれば、直接的にファンへコンテンツやグッズ、チケットをD2Cで販売することがさらに容易になっていくことが予想されます。

Tidalの特殊性

今回の取引では、Tidalの共同株主であるアーティストも、引き続き同社の株を持ち続けることで合意しています。

Tidalの株主となっているアーティストは以下の通りです。

アリシア・キーズ、ウィン・バトラー & レジーヌ・シャサーニュ (Arcade Fire)、ビヨンセ、カルヴィン・ハリス、クリス・マーティン (Coldplay)、ダフト・パンク、ダミアン・マーリー、deadmau5、Indochine、J・コール、ジャック・ホワイト、ジェイソン・アルディーン、ジェイ・Z、カニエ・ウェスト、Lil Wayne、マドンナ、ニッキー・ミナージュ、リアーナ、T.I.、Usher

https://support.tidal.com/hc/en-us/articles/203055651-Artist-Owned

Tidalには、これまで米モバイル事業大手のSprint (現T-Mobile)が出資してきました。

ジェイ・Zは、今回のSquareとの契約の前に、T-Mobileが保有する株式33%を買い取っています。

SquareのCEOで、TwitterのCEOも兼任するジャック・ドーシー は、TidalとSquareがジョイントベンチャーとなる事で、アーティストの音楽活動を経済的にサポートする新たな可能性を模索する事と、自身のTwitterで明かしています。

Tidalは2015年にサービスを開始してきましたが、高音質でのストリーミングや、オリジナルの動画コンテンツといった差別化を売りにしてきました。

また、ロイヤリティ支払いが他社サービスよりも多いことも、アーティストや権利者への強みとして打ち出してきていました。

しかし、SpotifyやApple Music、Amazon Music、YouTube、Tencent など、競合サービスの世界的な成長に追い付けず、ユーザー獲得で苦戦続きでした。

またTidalは、これまでもアーティストや権利者から訴えられ、訴訟に逆風に晒されてきました。

代表的な訴訟となったのは2016年、カニエ・ウェストがTidalを訴えた訴訟です。カニエ側はTidalがアルバム『The Life Of Pablo』を「Tidal独占配信」と嘘の宣伝を行い、新規ユーザー登録に利用したとして、同社とジェイ・Zを相手取って訴え、最終的に8400万ドルの支払いで合意しています。

またニューヨークのバンドThe American Dollarは、Tidalがライセンス契約を結ばず同バンドの曲を配信しているとして、500万ドルのロイヤリティ未払い金を要求する訴えを起こしました (同バンドは、Googleにも同様の訴えを起こした)。

またTidalは登録者数や、ストリーミング再生数を実際よりも多く見せるよう嘘の報告を行なっていたことも報告されてきました (Tidalはメディアのレポートを否定)。

さらに、音楽権利者に対するロイヤリティ支払いが滞っていることも報じられており、ずさんな経営体制が明るみになってきました。

2016年にはApple MusicがTidalを買収との噂も報じられました。

物議を醸すTidalだが、業績は改善されています。

2019年の売上高は前年比13%増の1億6690万ドル。売上増加の理由は、T-Mobileとの連携したプロモーションや、ポッドキャスト・コンテンツの拡充、さらには高音質なストリーミングとしてのブランディングが広がったことがあげられます。

営業損失は悪化して、3600万ドルから5590万ドルとなりました。

source:
Jay-Z sells majority stake in Tidal music streaming service to Jack Dorsey’s Square (The Guardian)

Tidal Accused of Falsifying Beyonce and Kanye West Streaming Numbers (Variety)

Square acquires majority of Tidal, Jay-Z’s streaming service, in $297 million deal. (New York Times)


Jay Kogami

執筆者:ジェイ・コウガミ(All Digital Music編集長、デジタル音楽ジャーナリスト)

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