2016年の日本音楽シーンで、宇多田ヒカルほど話題を振りまき音楽業界を驚かせた人は存在しないのではないでしょうか。6年の休息期間から劇的な復活を遂げ、誰もが認める名作アルバム『Fantôme』をリリースしてきました。それも、特典付きのCDや、情報満載の広告を使わず、本人のメディア露出も控えめなままと、マスメディアの力だけに依存しないプロモーションで成功して、稀代の象徴であることを思い出させてくれました。
そういう意味では、宇多田ヒカルの音楽において、これまでにインターネットを介したコミュニケーションが大きな役割を果たしてきたと言えます。だからこそ、彼女の活動は、常にネットのトレンドの最前線で行われ、そこから大きな可能性を見出してくれます。彼女自身が、(ゲームはするが)アプリを作ったりサービスを作るテクノロジストでもないので、欧米の先進的テクノロジー情報に流されたりすることもなく、常に自分と人との距離を見ながら自らが動くことでファンが動く原動力となってきました。つまり、ネットの今のあり方を探る意味でも宇多田ヒカルの行動や発言に注目するべきだと感じていました。
いよいよ #30代はほどほど 本番の今日。朝起きて、パンツを裏返しに履いて寝ていたことに気づく。というわけで今夜、ネットで会おうぜ! https://t.co/0j8JMZsyEW
— 宇多田ヒカル (@utadahikaru) December 9, 2016
宇多田ヒカルが12月9日(金)に特設サイト内で開催するネットイベント、『30代はほどほど。』は、日本で初めて「3D VR」と「2Dマルチアングル」の最新テクノロジーを駆使して、トークと生ライブを同時配信にチャレンジする、新しい試みです。
宇多田ヒカル本人が、スタジオからファンに向けてメッセージやライブを届けてくれるこのイベントは、VRデバイスを使って180度の視点から3Dでみることができるだけでなく、複数台のカメラが捉えたマルチアングル映像の配信(「GYAO!」アプリでスマホ視聴)、さらには専用アプリやデバイスが必要なくPCとスマホで見れる通常の配信も行う、まさに「ネット」を駆使した「インタラクティブ」なイベントということで、さまざまな方面から注目を集めています。
特に、今回のイベントでも採用されて、音楽業界で注目が高まっているのが「VR」(ヴァーチャルリアリティ)を使った動画配信です。360度全方位を撮影した3次元映像で、自分が仮想空間に入りこんだような感覚で、映像を楽しめる技術の「3D VR」。VR視聴用の専用ヘッドマウントディスプレイが手軽で安価なものから、Oculus RiftやPlayStation VR、HTC Viveのような高精細なVR映像に対応したデバイスまで、市場に出回り始めたことと、VRに関するクリエイターたちの関心の高さが引き金となって、世界では名だたるアーティストたちや、実験的な最先端を行くアーティストたちは、VRでしかできない音楽映像を提供し始めるため、さまざまなコラボレーションを行っています。
話題を呼ぶVRと音楽のコラボレーションには3パターンある
音楽の世界で活用される「3D VR」には、現在大きく分けると3パターンがあり、それらは「ミュージックビデオ」「ライブパフォーマンス」「インタラクティブ・コンテンツ」に分類できます。 まず「ミュージックビデオ」では、これまでYouTubeやテレビで見られる2Dバージョンに加えて、スマホの専用アプリやYouTube 3Dでしか知れないVRミュージックビデオを制作するアーティストたちが、ここ数年で増加しています。
今年に入って日本でも大きな話題を集めたビョークは、「VR」専用の撮影技術やCG、演出を駆使して、VRでしか見ることが出来ないクリエイティビティをミュージックビデオで実現させてきました。
今年、科学未来館の展示『Bjork Digital』で披露された彼女のVR展示会がその象徴で、例えば彼女の楽曲「Stonemilker」のミュージックビデオは、通常の2DバージョンとVRバージョンで見るのとでは、同じ楽曲でも全く違う映像体験が目の前で展開され、見る人の驚きを誘います。
海外では、VRミュージックビデオをOneRepublicの「Kids」や、The Weekndの「The Hill remix」が導入するなど、音楽シーンでは先駆けて先進的な作品をリリースしてきます。
また、過去の作品のVRによるリメイクも行われています。クイーンはグーグルとのコラボレーションで「ボヘミアン・ラプソディ・エクスペリエンス」というVRインタラクティブアプリをリリースし、名曲「ボヘミアン・ラプソディ」を360度VR技術と連動する新しいビジュアル、アニメーション、モーションキャプチャーを駆使し、現代にバージョン・アップさせています。
自らもVRメガネを制作するほど、VRに関心があるギタリストのブライアン・メイとグーグルは、このVRアプリの体験を「フレディー・マーキュリーの潜在意識への旅」と表現しており、VRで再構築された没入感たっぷりのクイーンの世界観をGoogle Cardboardで提供することで、「ボヘミアン・ラプソディ」の楽曲の迫力を変えることなく、VRでしか味わけないクリエイティブで実現することに成功しています。このプロジェクトでは、ドルビーによってVR視聴用の空間音響が設定されていることも注目に値するポイントです。
「ライブパフォーマンス」の分野では、過去にポール・マッカートニーや、コールドプレイ、ベック、ジャック・ホワイトなど、知名度の高いアーティストたちもコンサート会場からVRを使って、ステージの演奏を配信する取り組みに挑んできました。 今年はこの領域がさらに進化して、「VR」エクスクルーシブなネットライブパフォーマンスが行われています。
事例としては、ヘビーメタルバンドのAvenged Sevenfoldや、シンガーのD∆WN、ダンスミュージック・プロデューサーのHardwellが、すでにVRエクスクルーシブのライブをYouTubeや専用アプリで行っており、ヘッドマウントディスプレイの利用を前提とした特別なパフォーマンスと映像演出を展開することで、アーティストが目の前にいる感覚を楽しみたい熱心なファンに向けて、ライブとは違う斬新な体験を作り出すことに成功しています。
また「VRライブパフォーマンス」で新しい試みとして出てきた事例は、音楽フェスティバルのVR配信です。すでに海外の音楽フェスは、YouTubeなどを使い、ステージ上のパフォーマンスを動画配信することを何年も前から行っており、マルチカメラ配信やスマホ対応など、配信の品質や技術が年々向上しています。
今年は、カリフォルニア州で毎春開催される大型野外フェスティバル「コーチェラ・フェスティバル」を皮切りに、ダンスミュージック・フェスティバル「ULTRA Music Festival」や「Mysteryland」なども、ステージの様子を通常の2Dバージョンに加えて、360度VR映像として配信する、新しい試みに取り組みました。
3つ目のトレンドとして挙げられる「インタラクティブ・コンテンツ」は、特にアーティストとブランドが協力関係を作り、マーケティング目的でウェブやモバイルでは出来ないインタラクティブな表現を行なう事例が増えています。
カナダ人ダンスミュージック・プロデューサーのdeadmau5はウォッカブランド「Absolut」のテクノロジー・インキュベーターである「Absolut Labs」と協力して、VRヘッドマウントディスプレイのOculus Rift、Gear VR、Google Cardboardでしか体験できない特別の360度VRゲームコンテンツ「Absolut deadmau5」を無料でリリースしました。
クルマ好き、ゲーム好きで有名なdeadmau5がアバターとなり、ファンはカーレースゲームや、音ゲーなどがプレイできたり、スタジオの様子を見たりでき、普段接することができないファンとアーティストとの関係を変えてくれます。VRゲームで自身をアバター化するためにAbsolutはdeadmau5の実際の動きをモーションキャプチャーしてゲームの制作に取り組んだほど、力を入れています。
なぜ「30代はほどほど。 」を日本の音楽シーンは注目するべきか?
9日に開催するイベント「30代はほどほど。 」は、「3D VR」という世界に広がるVRと音楽テクノロジーの観点でも、「ネット時代」の音楽の最前線という意味でも、今の日本音楽シーンでは、歴史的イベントとして分岐点となると考えられます。
技術的な観点から見ると、VRは現代エンターテインメントテクノロジーにおける最新のチャレンジであることに間違いありません。動画に注目が集まる昨今の音楽業界において、VRは映像とサウンドを深めてファンとの距離を変えるクリエイティブな表現手法として、ミュージックビデオ文化を作ったMTVやYouTubeに次ぐイノベーションになるかどうか注目が集まっています。
そういう意味では、日本を含めた世界の音楽テクノロジーシーンは、VR音楽革命という重大な局面を迎えている今、日本人トップクリエイターの1人である宇多田ヒカルがこの分野に挑むことで、3D VRによる生中継という新しい扉を壊そうと挑む。その扉の大きさに日本の音楽シーンが気付くキッカケになると感じています。
せっかくスタッフが始めてくれてファンが利用してくれてるハッシュタグ…自分で書くのが非常に恥ずかしいというかこそばゆくて、参加できてない。みんなでやる縄跳びに飛び込むタイミング逃した気分だ… #おかえりHIKKI
— 宇多田ヒカル (@utadahikaru) March 24, 2016
そして、「30代はほどほど。 」が示すもう一つの重要性は、音楽ファンとアーティストとインターネットの関係ではないかと思います。SNSが普及し、ファンはアーティストに関する公式情報からプライベートな内情を、直接的または間接的に得られ、アーティスト宛に思いを伝えられる時代になり、そうしたファンとアーティストと一見オープンな関係が今では当たり前になっていると思う人が大多数いるはずです。
そういうネットの使い方が一般化した時代だからこそ、インターネットとアーティストとのコミュニケーションにはこれからどんな可能性があるのか、先駆けて探っていく意味でも、「30代はほどほど。 」は、ネットだから成立する人と人の本音を届けるコミュニケーションを考える問題を宇多田ヒカル本人から提示してくれるのではと密かに期待が高まります。アナログ的な表現方法と、ネット的な行動原理を結びつける宇多田ヒカルが、VRやアーティストコラボレーション(「30代はほどほど。 」にはヒップホップMCのKOHHとPUNPEEも参加)、ファンとのインタラクション(Twitterハッシュタグ「#30代はほどほど」で質問や思いを投稿できる)を組み合わせた革新さで、日本のネットの未来や音楽の未来にどんな可能性を示してくれるのか、関心を寄せざるをえないほど、宇多田ヒカルという存在は奥深いのです。
〈番組概要〉
■タイトル : 「30代はほどほど。 」
■放送日時 : 12月9日(金) 21:00~21:30 (※予定)
■内容 :宇多田ヒカルとファンがインタラクティヴにコミュニケーションするバーチャルリアリティー番組。スタジオ生パフォーマンスも予定。
■出演者 :宇多田ヒカル、KOHH(スペシャルゲスト)、PUNPEE(スペシャルゲスト)
■番組公式HP: URL
■主催 :ユニバーサル ミュージック
■協力 : GYAO!
ソース
宇多田ヒカル
宇多田ヒカル『Fantome』(iTunes、Amazon)
ユニバーサルミュージックジャパン
GYAO!