DICE_Boiler_Room

コンサートやイベントの電子チケット販売や、ライブ配信プラットフォームを運営するイギリスのスタートアップ「DICE」は、ダンスミュージックやクラブミュージック専門の音楽動画チャンネル「Boiler Room」を買収したことを発表しました

DICEは9月、ソフトバンク傘下のソフトバンク・ビジョンファンド2などから1億2200万ドル(約1395億円)をシリーズCラウンドで調達したばかりでした。

Boiler Roomは、2010年に動画配信を開始し、主にYouTubeを中心に、DJや音楽クリエイターのライブパフォーマンスを配信する動画チャンネルとコミュニティを運営しています。現在では当たり前になったアーティストやDJのライブ配信ですが、Boiler RoomはYouTubeと動画配信テクノロジーの可能性にいち早く着目してきました。

メインストリームでは日の目が当たりにくいアンダーグラウンドシーンのDJや音楽フェス、世界各地のアーティストが世界中の音楽好きと繋がるためのプラットフォームを構築。これまで世界200都市以上、5,000組以上のアーティストやDJがパフォーマンスを配信して支持を集めてきました。

しかし、多くのビジネス同様、新型コロナウイルス感染拡大による打撃をBoiler Roomの運営も避けられませんでした。

2020年は、122万ポンド(約1.9億円)の損失を出し、赤字経営が続けてきました。また2020年には、アーツカウンシル・イングランドから79万ポンド(約1.2億円)の助成金を受け取り運営維持費にあてていました。人員削減も進めるなど、経営危機に直面してきました。

そんな中でDICEによる買収は、Boiler Roomにとって救いの手だったと言えます。DICEは買収額は公表していません。

コロナでも成長に期待集まるDICE

前述の通り、ロンドンを拠点にするDICE(以前はdice.fmの名称)は今年9月、1億2200万ドル(約139億円)の資金をシリーズCで調達しました。

このラウンドはソフトバンク・ビジョンファンド2がリードして、Blisce、フランスの投資家グザヴィエ・ニエル(Xavier Niel)、Mirabaud Group、Cassius、Evolution Equity Partnersが参加しました。加えて、iPodやiPhone、Next(グーグルが買収)の生みの親として知られる起業家のトニー・ファデル率いるFuture Shapeも参加しており、ファデルはDICEの取締役に加わります。

2014年に設立したDICEは、チケットマスターなど大手チケット販売サービスでは十分に告知されずにチケット売上に繋がりにくい、新人アーティストや若手アーティスト、DJのイベントと音楽ファンをマッチングする機械学習とアルゴリズムを活用したモバイルチケット・アプリを運営してきました。

DICEのチケットアプリは、コンサートやフェスティバル、クラブイベントのプロモーターや会場運営者、マネジメント会社が、スマートフォンで完結できる電子チケットの販売やイベントのプロモーション、QRコードの発券を実現できるよう開発されており、ライブ運営の効率化や、チケット販売のデジタル化を促進してきました。

これまで3,600以上のライブ会場、音楽フェスティバル、世界各地のプロモーターたちと提携して成長してきたDICEは、著名アーティストのライブや大規模なイベントでの導入事例も増えています。これまでには、トラヴィス・スコット、カニエ・ウェスト、ジャック・ホワイト、テイラー・スウィフト、アデルのコンサートチケットを販売してきた実績があり、業界での存在感が高まっています。

ライブ配信とチケット販売のハイブリッド型

そして2020年4月からは、早々に有料ライブ配信とチケット販売を組み合わせた配信プラットフォームをローンチし、コロナ禍に相次いだオンラインライブへと参入しました。

他社サービスに先駆けてローンチしたDICEのライブ配信プラットフォームは、コロナでの経済損失からの回復と、導入の利便性を訴求した結果、多くのコンサートプロモーターやフェスオーガナイザーが早々とDICEのプラットフォームで配信とチケット販売に切り替えるなど利用が進み、ローンチからこれまでに6,400組以上のアーティストのオンラインライブを支援し、147カ国以上からライブ視聴者がアクセスしています。

DICEは2022年末までに、同社のプラットフォーム利用は49,000組以上のアーティストやクリエイターまで拡大すると見込んでいます。

前述の出資によって、DICEは、同社の成長が著しい米国での展開を強化していきます。

北米で開催されるライブやイベントは枚挙をいとまがありません。しかし、チケット販売を手がけるのは、ライブ・ネイション傘下のチケットマスターをはじめ、EventbriteやStubHubなど一部の大手チケット販売会社が市場のシェアを握ってきました。

そこにコロナ禍の影響も重なり、戦略を切り替えるチケット販売サービスは少なくありませんでした。その戦略の一つとじて、チケット販売とオンラインライブを両立させたハイブリッド型サービスが注目されてきました。

DICEは後発なサービスでも、同社のプラットフォームと開発力をもってして、チケットマスターなどの大手に負けないサービスを提供できると述べており、イベント主催者やプロモーター、モバイルとソーシャル中心のチケット購入者が、既存の巨大なチケットサービスに対して感じてきた不満や課題を改善して、ニーズに柔軟に対応できると自信を見せます。

アフターコロナのライブ需要、フェス需要を狙うチケット販売会社が多い中、DICEによるBoiler Roomの買収は、従来のライブ業界やチケット業界の成長とは一線を画すものでした。

今までチケット販売企業は、競争相手を買収して事業を拡大してきましたが、DICEのケースは、クライアントであるアーティストやイベントオーガナイザー、それから利用者に対して、動画配信チャンネルというこれまでのチケット会社が手を出してこなかった領域に踏み込んだことを意味します。

これは今後のチケット業界が、リアルなライブに対応するだけでは十分ではないことも示唆しています。より多くの利用者が見込めるオンラインのライブストリーミングを取り込めば、有観客のライブと並行して収益化が可能になると、DICEのようなハイブリッド型チケット販売モデルの進化は新たな方向性を示しているからです。

DICEによるBoiler Room買収はクリエイターエコノミーにおいても、重要な意味合いがあります。コロナ禍で収益化の可能性を体験したアーティストやクリエイター、ストリーマーは今後、より魅力的で高性能な収益化ツールの開発と提供を行うチケット会社を選ぶようになることが予想されます。すでにYouTubeやTwitchなど配信プラットフォームは、クリエイター向けの収益化機能を拡充してきたように、同じような価値の創出はチケット会社にも求められるでしょう。

DICEは今後、Boiler Roomを共同で強化し、アーティストや権利者、企業や団体、フェスティバル、クラブなどのさらなる収益化に繋げるためのツールやソリューションを提供することによって、パートナーやクリエイターが厳しく変化し続ける音楽エコシステムで成長するための支援をしていくとしています。

Boiler Roomも買収後も、引き続き運営を継続し、多様性あるアーティストと音楽シーンに焦点を当て、配信やツアー、フェスティバル、ドキュメンタリー映像、オリジナルコンテンツ、アパレル・コラボレーションなどを通じて収益分配していくと述べています。

しかし、Boiler Roomの経営が改善される保障はありません。収益性を改善し、売上を伸ばすために成長を加速させるか?それとも、今までのような運営体制で配信プログラムのクオリティや、コミュニティを維持するか?動画チャンネル運営の難しいところです。

Source:
DICE acquires Boiler Room
London’s Dice raises $122M at a $400M valuation for its intelligent event discovery and booking platform (TechCrunch)


Jay Kogami

執筆者:ジェイ・コウガミ(All Digital Music編集長、デジタル音楽ジャーナリスト)

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