2016年9月2日京都市のロームシアター京都で、サウンドとテクノロジーがテーマのメディアアート展【「音」をとらえる】が開催されました。
京都岡崎音楽祭のプログラムとして行なわれたこの展示会。身の回りに溢れる音を異なる角度や現象からとらえ、新たな音体験を創造する展示、音楽の新しいスタイルを追い続けるアーティストとクリエイターのコラボレーション7組が参加、レコードプレーヤーからシンセサイザー、楽譜インターフェースまで、先進テクノロジーを駆使したインスタレーションや実験を展開し、見る者に刺激的な音楽の未来を示してくれました。
【「音」をとらえる】に参加したヒップホップ・アーティストのShing02さんは、展示作品として新曲『天地 / AMETSUCHI』のミュージックビデオを初公開しました。そしてコラボレーションのパートナーとして参加したのは、再生する曲と同期して歌詞を透過型液晶モニターにリアルタイム表示するスピーカー「Lyric speaker」(リリック・スピーカー)。
日本語ラップの歌詞を参加者にLyric speakerで見せることで、新しい音楽の聴き方や歌詞を通じたコミュニケーションを再考する実験的なコラボレーションが実現しました。
デジタル化の波を受けて、何気なくイヤホンやスピーカーから「ながら」聴きされてしまう昨今の音楽事情。Shing02さんとLyric speakerの実験的アプローチは、「歌詞」や「フロー」、「メッセージ」を視覚的にスピーカーで見て聴くという、前例の無いビジュアル体験を通じて、人間が本来持っていた五感で感じる音楽への衝動、そして音楽の消費の変化に一石を投じる、先見的な表現と考える人もいるはずではないでしょうか。
ライブでも、据え置きのオーディオプレーヤーでも成し遂げられない、感覚を刺激する未来的な音楽体験。このコラボレーションが示唆する、現代の音楽の聴き方や日本語歌詞の価値観の在り方、デジタル化する音楽への思想は一体何なのか? アンダーグラウンドのヒップホップを独自の世界観で牽引し続けるアーティスト、Shing02さんと、Lyric speakerの開発から音楽の新たなリスニングを提案し続ける、クリエイティブエージェンシーSIXの斎藤迅さんにお話を伺いました。
京都の文化芸術発信の拠点として知られる劇場「ロームシアター京都」が会場となった今回のコラボレーション展示。リリックビデオとして、新曲『天地 / AMETSUCHI』を披露したShing02さんに「曲のアイデアは何から見つけましたか?」と聞いてみたところ、「インドネシアでのリアルな体験がインスピレーションなんです」と言って、楽曲の背景をこう語ってくれました。
「この『天地 / AMETSUCHI』を作ったきっかけは、タイとインドネシアの旅ですね。ジャカルタでライブに行った時に出会ったビートメイカーが、日本にビートを送ってくれたのが始まりでした。その子も音楽もやるし、デザインもやるっていうから、「面白いなあ」と思って、ライブの後で会うことになって。その時はあまり音楽の話はできなかったのですが、戻ったらビートが送られてきて。今回の楽曲に取り掛かるタイミングだったので、『これ使ってもいいか?』とすぐ連絡したんです」
何年もライブやプロジェクトで世界各地を巡り、さまざまな人と時間を過ごすShing02さんが東南アジアで過ごした時間と、出会った人とのリアルな出会いを、歌詞と、ビートでつなぎ曲とビジュアルへと進化した今作は、現代に有りがちなウェブ社会だけで完結しそうな出会いと違った、アナログなつながりによって生まれています。
「今回のコラボレーションも縁ですね。僕がジャカルタに呼ばれて、プロデューサーと出会って、ビートをもらい、曲が生まれた。話をもらったからできたわけですし、僕もうれしいですね、いろんな才能のある人と一緒にやるということは。実は先日、京都でライブだったんですけれど、DJがライブの冒頭で流してくれたんですよ。照明が仙石彬人君だったんですけど、彼は超アナログ人間で、オーバーヘッドプロジェクター3台を使ってタイムペインティングと言うライブをしていて。宇宙空間のように動いているビジュアルと一緒に流れた曲からライブが始まったんですけれど、余計に曲のイメージが際立った思いを感じました」
今回Lyric speakerとのコラボレーションは、LEDディスプレイに歌詞を表示する「リリックビデオ」としてShing02さん独自のクリエイティビティが反映されており、特に日本語ラップの歌詞へのこだわりから、視覚的に音楽や歌詞を楽しむ新しい可能性を垣間見ることができるプロジェクトが生まれました。
「曲がジャカルタから送られてきた時、歌詞のイメージは漠然としてたけれど、歌詞を伝えたわけでもなく、たまたま送って来てくれて。すごく自然な感じに曲作りが始まった印象です。もらったビートのテンポが165bpmくらいで、倍速で言葉を詰め込まなければならなかったけれど、曲も良く出来ていたのであまりいじらずミックスして仕上げています」
「言葉を詰め込むことはいつもチャレンジなんです」と語るShing02さん。”動いて見える”歌詞を書くという前代未聞のチャレンジだったこのプロジェクトは、普段の言葉探しとは何が違ったのだろうか?
「表現をする際に熟語に頼ると、漢字が多くなるじゃないですか。ビジュアル的にもそれは避けたかったですね。だからといってむりやり平仮名に変えるのも違うし。僕は曲を聴きながら詞を書くことが大半なので、与えられた尺の中にどの言葉をはめるかは、いつもチャレンジです。この曲も結構、俳句を書くようなイメージでした。大学に通っていた時、昔の文学や古典の授業を取ったことがあって、古典とか、すごくヒップホップに似ているところがあるんですよ。色々な引用を使うとか、言葉の遊びの部分ですね。ラップもお約束事がありますよね? 韻を踏むことだったり」
「この曲は、水が形を変えても動いていくという比喩を使って、言葉に重ね合わせて考えてみたんですね。だから、今回のデジタルなスピーカーのプロジェクトでも、あえて自然に入っていく曲を書いてみました。一番のインスピレーションは、タイのクラビで寺院に行くために長い石段を死ぬ思いで上ったことなんですよ。実際に 「もう無理だ」と言って帰っていく人がいた程、辛い石段だったので。上りきらないと頂上に辿り着けない。歌詞の中でも、石段の蛇に怖気づいて帰ってしまったら、一番上の秘境にたどり着けないという箇所もあって。そういう心の情景を表現したいなと思うことはありますよ。だから、曲でも人間味の部分は何かしら残したいとは思いますね」
『天地 / AMETSUCHI』の言葉と音を見せて/聴かせてくれるLyric speakerの開発を担当する斎藤さんは「歌詞が見えることで曲のメッセージがよりつたわりやすくなる」とこのリリックビデオで試したビジュアルエフェクトを、こう説明します。
「リリックビデオのコンセプトとしては、部屋の中なのですが、雲とか水とか有機的な存在を出したいなと思いました。「言葉を媒介として」絵が思い浮かぶようにしたいと思い、歌詞に出てくる水の話がシャボン玉のように現れて消えていくイメージのエフェクトを作っています。Shing02さんのストーリーを意識した曲作りが昔からあったから、ライブだとそれがビジュアルとしてオーディエンスによりはっきりと見えて、曲に入り込めると思いました。今回の企画でも歌詞が見えてメッセージがグッと伝わると感じました」
Lyric speakerの楽しみ方の一つは、その多様なビジュアルのプログラミングで、音楽の歌詞という部分を視覚的に味わうことで、人によって音楽の捉え方が変わることです。特に言葉数が多く、意味が難解のヒップホップの歌詞を楽しむこの先進的な道具は、人によって異なる感覚を与えてくれるとShing02さんは言います。
「この曲の場合、そもそもラップは言葉数が多い上に、ダブルタイムでラップしているから、視覚的に言葉が矢継ぎ早に出て来る中で『読みながら聴く』または『聴きながら読む』体験が、人によって違うはずなんですね。そういう意味でビジュアルのテンポって凄く大事だなと思います。面白かったのは、6パターン送ってもらった映像を友達に何人か見せたら、結構みんな意見がバラバラで、人それぞれなんだなと言う結論でした」
「歌詞」を意識するなかで、お二人の話題は曲作りの話からさらに広がっていきます。そして、現代人のリスニングスタイルや音楽の先行きに関する音楽文化についての話が繰り広げられました。
アナログな拡がりが重要な理由
まず話は、昨今の「フリーダウンロード」文化の話へと翔び、日本と海外での消費の差についてShing02さんはこう語りました。
「これを語ったら一時間くらい話せそうですね(笑)。アーティストとしてはリスナーを増やしたいから無料公開する時もあるし、ダウンロードして聞いてくれると僕も嬉しい。距離が狭まりますね。日本においては、まだCDを出せば買ってくれる人もいるし、タダで出すのは、逆に価値を下げると感じる人もいる。自分の場合、15、16年前から、サイトで音源を公開もしているけれど、ダウンロードにはちゃんと歌詞やジャケットを付けてやってきた経験もある。音楽は昔は試し買いだったけれど、今は聴いてから買うのが当然じゃないですか。コレだけ音楽が溢れていると同時に、聴いてもらえるチャンスも増えてきたから、どれが正しいのかを決めるのは難しい。アメリカでも先を行っているアーティストは、アルバムをいきなり発表したり、 無料でストリーム配信みたいなことも始めたり、昔のやり方とは全く違っていますよね」
世界ではヒップホップのアーティストやDJが、突如ミックステープや音源をネットで公開して、ファンの感情を揺さぶる文化が、昔から形を変えて進化し続けており、その行為自体が音楽文化の一部として根付いています。しかし、Shing02さんは、デジタルコンテンツのみでは、いくらフリーでも音楽は届けられないと警鐘を鳴らします。
「昔はアルバムを買って、じっくり聴いて、みんなで意見交換してみたいな、本を一冊読み切るような気分でアルバムも聴いていたから、人と語り合うことができた。映画だって最後まで見ないと、感想は語れないじゃないですか?でも今は、一曲しか聴かなかったり、スキップしたり聴き方が変わったことは大きいですね。 僕も好きなアーティストが星の数ほどいますけれど、全てのソーシャルメディアのフィードが追えるわけではないし、話題になって初めて耳にすることが多い。だから、僕らがコンテンツをフリーで出してもそれを聴いて友達に教えたり、話題にしてくれるプラスアルファが、草の根的、オーガニックな拡がりが大事になってくる。それが起きて初めて再生回数やRTなど数字で見えるんです。つまりデジタルのコンテンツを出して、デジタルのフィードバックが帰ってくる間にはアナログな拡がりが重要なんです」
聴き方の変化には、デジタルで音楽体験の枠組みが拡張され、可能性が広がった分、「逆に、どんな影響が生まれたと感じられますか?」との質問に対して、こう語ってくれました。
「例えばMP3みたいに便利になったことも多いけれど、失っているものも沢山ある。かと言って、自分の好きなアーティストを全てWAVで保存しておくのは不可能。いろいろなことが便利になった分、いままで当たり前に行ってきたことが面倒になってしまう。現代人は怠け者ですね、人のことは全然言えないけれど(笑)」
独自の基準で音楽を掘って持ち寄るやり方は、なぜ減った?
音楽史上、デジタルと音楽の融合が、音楽を楽しむというコンテクストに大きな変化をもたらしたことは疑いの余地もない事実。ですが、現代で音楽の面白みを深めるためにShing02さんは「オーガニックなつながりが音楽に拡がりをもたらすのでは?」と話します。
「インターネットが始まった頃、みんなラジオとテレビに飽き飽きし始めていて、ネットのおかげでメジャーレーベルのようなシステムが無くなるんじゃないかと言われてましたよね。でも時が経つと、ネットでもみんな数字を伸ばすために人気コンテンツを大事にするから、昔はマイナーな音楽を取り上げていたブログも、結局みんな同じアーティスト、同じ曲をプッシュする様になったんです。かつては良質なアンダーグラウンドのヒップホップを紹介するブログが沢山あったのに、ほとんど無くなりましたしね。音楽の消費スタイルも「良い音楽を聴きたい」から「話題になっているモノを知りたい」に変わってきている気がします。 乗り遅れたくないというニーズもあるだろうし、みんな何を聴いているのかを気にする人が圧倒的多数になった。ネットの世界だろうが、実社会だろうが、消費者は「旬」なモノに関心があって、メディアも「熱いモノ」ばかりプッシュする傾向が高くなった。逆に「自分はこれが面白い」と個々が独自の基準で音楽を掘って持ち寄るやり方は通用しづらくなってきた。例えばSoundCloudで聴いて面白いと思ったら、それ以上のアクションが拡げるために必要になってくる。盛り上がっている人同士がオーガニックにつながれると、もっと音楽も拡がるんじゃないかな?」
ではヒップホップの世界の内側、リスナーではなく、アーティストからしか見えないヒップホップの今とは、どのように見えるのでしょうか?
「昔は10代、20代の子が今聞いてもクラシックと呼ばれるアルバムを作っていて、とんでもない知識と知恵を詰め込んだラップをしていたわけじゃないですか。でも、今の売れているラップの歌詞を見比べたら、見劣りしてしまう内容なことも多いですよね。別に彼らが悪いと言っているわけじゃない。時代が求めているから売れていることに間違いはない。バランスの話なんですよ。昔だってSugar Hill Gangに始まってYoung MCやMCハマーみたいなポップなラッパーもいっぱい存在していた。でも、そんな中でもバランスがあった。MCハマーがいる一方で、パブリック・エネミーやKRS Oneみたいなコンシャスラップの活動が評価されていた。今は、片方の世界しか存在していなくて、だからラップに対してゲンナリしている人が増えた。ケンドリック・ラマーは例外ですけどね。あそこまで独自のスタイルを貫いて、 歌詞を自分で書いていないラッパーを強烈にディスったりして。 でも実際、あのアルバムの後でみんながどこに行ったかと言えば、また逆の世界に戻っていっている」
そして最後にShing02さんは、現代のヒップホップというもののあり方を、歴史や進化に基づくさまざまな考察から、自身の音楽としてどう捉え、先鋭性を感じる作品を描いていくか、こう語ってくれました。
「そもそも『ヒップホップ』は何?という話。みんな何かしらのこだわりがあって、ヒップホップとはこうあるべきだと言う定義が変わってきている。時代を振り返れば、 パーティの仕方は変わっているわけだし、踊りだって進化している。ヒップホップは90年代は凄かったなと思いますけど、音は進化して行く。でもやっぱり人間の個性じゃないですか。(今回の企画を指して)こういう機会を作るのも人間だし、スマホを楽しむのも人間。その中でいかに自分らしさを出せればと思うんですけどね。自分もラップを20年やってきて、歌詞を書く時には今まで言ったことを繰り返したくないな、とより強く思うようになってきました。例え言葉がかぶっても、安易に同じ言葉は使いたくない。そういうこだわりは持ち続けたいですね」
「ビートメイキングやトラックメイキングは進化しているけれど、言葉は昔から変わらない」と語ってくれたShing02さん。このコラボレーションが実現したタイミングは、まさに絶妙だと言えます。カセットからCD、MP3、そして音楽ストリーミングや動画ストリーミングへと音楽の消費形態がデジタル化が進行中。日本でも今年にはSpotifyが上陸。デバイスもスピーカーからCDプレーヤー、iPodそしてスマホへと様変わりし続け、「当たり前」化し出した音楽をどう楽しみ、触れ合えるのかという問いへの答えや議論を求めて、人があらゆる可能性を模索しだした今の日本の音楽シーンは、まさに音楽の消費スタイルを見直す重大な変革期にあります。
その中で、Shing02さんと斎藤さんたちの取り組みは、音楽の未来に向けた「ソリューション」なのか「イノベーション」なのか、答えを導き出すには時期尚早かもしれませんが(そして音楽に「正解」は存在しえないはず)、これまでの日本ヒップホップやスピーカーの概念を飛び越える発見と、現代の音楽体験では見落としがちな「音楽の風景」に気付かせてくれる、魅力に満ちた試みだと感じさせられました。
ソース
Shing02公式サイト、Twitter(@Shing02)、Facebook、Instagram
Lyric speaker公式サイト、Lyric speaker伊勢丹サイト、Lyric speaker三越サイト
「音」をとらえる、京都岡崎音楽祭
■対応サービス:iOS(Lyric speaker専用アプリ、iTunes、Apple Music、Google Play Music、AWA、レコチョクベスト、プチリリ、うたパス、KKBOX)、Android(Lyric speaker専用アプリ)
■言語:日本語、英語
■通信:WIFI(IEEE 802.11 a/b/g/n/ac)、専用アプリケーション
■サイズ:52cm ☓ 14cm ☓ 35cm、約11kg
■販売価格:324,000円(税込)
■販売:11月14日(月)以降随時発送