第60回グラミー賞ではブルーノ・マーズが「最優秀アルバム賞」「最優秀レコード賞」「最優秀楽曲賞」と主要3部門を独占して計6冠を達成したことが話題になる一方で、ヒップホップアーティストのケンドリック・ラマーが4部門を受賞してヒップホップ勢では唯一検討、またアルバム賞に白人アーティストがノミネートされなかったことも注目を集めました。

日本ではWOWOWが中継したグラミー賞は、アメリカでは地上波CBSが独占放送して、放送時間は4時間近くにおよぶ一大音楽テレビイベントとなっています。

Deadlineによれば、グラミー賞は1981万人以上の視聴者に見られたというデータが報じられ、これは2017年のグラミー賞から24%大幅ダウンした数字で、2009年以降のCBSの放送では最低の数字と視聴率は全く振るわず。ポジティブなニュースとしてはグラミー賞の中継は、2017年2月のアカデミー賞のテレビ中継(ABCが放送)以降では、ゴールデンタイム放送で最大の視聴者数を記録。またCBSが提供するサブクスリプション動画サービス「CBS All Access」へのサインアップが過去2位の数字を記録したということが挙げられます。

Logicをフィーチャーした自殺予防CM

日本の視聴者が今回のグラミー賞で見ていないものといえば、TV広告で、その中にも日本のアワード賞や番組では見かけない、音楽と見事にコラボレーションした斬新な広告がありました。

グラミー賞のTV広告で、最も話題を集めたのは、グラミー賞ノミネートアーティストのLogicとグーグルとコラボした「全米自殺予防ライフライン」(National Suicide Prevention Lifeline)で、その内容が歌詞とメッセージと映像と見事にマッチしていました。

全米自殺予防ライフライン:http://suicidepreventionlifeline.org

“1-800-273-8255” is more than a song—it’s a message of hope. @Logic301 teamed up with @madebygoogle and leant his song and voice to help tell survivors’ stories. Check it out. pic.twitter.com/iObWbIIjtf

— Recording Academy (@RecordingAcad) January 29, 2018

最優秀楽曲賞にノミネートされたLogicの楽曲「1-800-273-8255」は「全米自殺予防ライフライン」を意味しており、この番号は24時間7日間、誰でも無料で利用できる自殺を防ぐための電話番号でアメリカでは自殺予防のカウンセリングやメンタルサポートを提供してくれる役割を果たしています。

グラミー賞でのLogicのパフォーマンスを見た人も多いと思いますが、「1-800-273-8255」は歌詞で「I don’t wanna die」「I finally wanna be alive」というフレーズが度々登場するほど、ストレートで力強いメッセージが込められた楽曲。音楽チャートでもBillboard 100で3位にチャートインしましたが、特にストリーミングサービスで多くの支持を集め、Spotifyだけでも再生回数は5億1700万回以上を達成するほど大勢に聴かれています。

楽曲は最優秀新人賞を受賞したアレッシア・カーラ(Alessia Cara)と、ノミネートされたKhalidをフィーチャリング。コラボアーティストの存在もグラミー賞で放送する意義と注目度を引き上げてくれます。

放送されたCMの内容は、「Google Pixel 2で撮影した実在の人物です」の言葉で始まり、男女さまざまな人のスナップショットが流れ、そこに移っている人物の人生や日常を男性のナレーションが紹介していく60秒CMで、おもわず「グーグルのスマホのCMか」と思わせられがちですが、終盤になって「This is the lifeline all these people bravely called to find hope」(これはここに写っている人たちが勇気を出してかけた電話番号です)というメッセージと、「1-800-273-8255」の番号が写るスマホの写真に切り替わったことで、今まで見てきた人たちが全員自殺を考えてホットラインで救われた人たちだったという事実が伝えられます。

この上のナレーションの後ろで「I finally wanna be alive」のコーラスが流れてシンクロしているところがまた演出が素晴らしい。この映像のナレーションはLogic本人が行っています。

そして最後に「精神的にストレスを感じたらホットラインへ電話して下さい」というメッセージと共に、「Question Your Lens」という言葉で締めくくられています。「Lens」はカメラのレンズを意味しますが、「見た目で人を判断するな」という意味にも取れます。

グーグルも公式SNSで、グラミー賞中継中に映像を投稿。「We often post our best selves in our feeds. But not every picture tells the whole story」(私たちは最高の自分だけを投稿しがち。だけど全ての写真では伝わらないストーリーがある)とセルフィー文化に隠れがちな、自殺願望や人生の不安は誰にでもあるというメッセージを発信しています。

アメリカで最も多い死因は心臓病ですが、「自殺」は10番目に多い死因で、特に近年は若者層を中心にアメリカ人の自殺数は増加の一途を辿っています。

政治色の強いパフォーマンスに多くの注目が集まった今回のグラミー賞ですが、同じほど強い社会的メッセージのある音楽と広告で掛け合わせるアイデアには、拍手を贈りたくなります。思わず目を疑ってしまうメッセージが含まれた広告をオンエアするCBSや、制作を担当したクリエイティブエージェンシーのDroga5やグーグルの勇気ある決断も素晴らしかったですね。現代の音楽とそのリスナーが感じている政治的/社会的な文化背景を理解していなければ、こうしたCMはなかなか作れないだろうと感じたのと同時に、グラミー賞という巨大なテレビイベントが啓蒙活動の情報発信の場として機能していることも音楽文化が社会と関連付けられているからできることだと実感しました。

このようなメディアの発信力と音楽の力を使って、多くのオーディエンスの前で問題提起していく発言や啓蒙活動は、日本の音楽業界やアーティストからも期待したいところです。

「1-800-273-8255」は、グラミー賞で最優秀短編ミュージック・ビデオ賞にもノミネートされました。

ソース
2018 Grammys Ads: All the Brand Campaigns (brandchannel)
Logic Narrated a Powerful Google Ad About Suicide Prevention After His Grammys Performance (Adweek)
Suicide Statistics


Jay Kogami

執筆者:ジェイ・コウガミ(All Digital Music編集長、デジタル音楽ジャーナリスト)

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