世界各地のインディペンデントなアーティストの音楽ストリーミングへの配信を手がけるディストリビューション・プラットフォーム、DistroKidは、新たに資金調達を行なったことを発表しました。
注目は企業評価額です。DistroKidの企業価値は13億ドル(約1,427億円)へ押し上げられました。
これでDistroKidはユニコーン企業(評価額が10億ドルを超える企業)の仲間入りを果たしたこととなります。ニューヨークのInsight Partnersが出資しましたが、出資額は明らかにされていません。
DistroKidは主に世界中のDIYアーティストやトラックメイカー、レーベル契約をしないインディペンデントアーティストを対象に、SpotifyやApple Music、Amazon Musicなど音楽ストリーミングとTikTok、InstagramなどSNSへ配信するためのツールを提供するDIY型ディストリビューターとして知られ、同じくDIYアーティストを対象にするCD Baby、TuneCore、Ditto Music、Soundrop、amuse、Spinnup、UnitedMastersといったプラットフォームと、アーティスト獲得の競争をしています。
数百万、数千万再生を稼ぐ楽曲でも低価格で配信でき、作品の作り手であるアーティストが100%権利を保有し続けます。
現在、200万組以上のアーティストが同社のプラットフォーム、ツール、サービスを利用しています。
誰でも登録可能なDistroKidでは近年、DIYアーティストに加えて、YouTubeクリエイターやTikTokクリエイターからの利用が増えてきました。
加えて、これまで配信してきた中には、21 Savage、Ludacris、Arizona Zervas、Will Smith、Tom Waitsなど、世界的に人気を得ているアーティストもいます。
2019年のArizona Zervasの世界的なバイラルヒット「ROXANNE」はDistroKid経由で配信されていました。インディーヒットの結果、メジャーレーベルのコロムビア・レコードが競争でArizona Zervasとレコード契約しています。
1日35,000曲以上を処理
今年5月、DistroKidは毎日35,000曲以上を同プラットフォームで対応していることを明らかにしました。月間100万曲以上がDistroKidからDSPにアップロードされており、ディストリビューターの中でもかなり大量の楽曲を取り扱っています。
創業時の2013年、DistroKidから毎日配信していた楽曲数はわずか200曲以上でした。その後、3年後の2015年には毎日2000曲以上に増え、2021年では毎日35,000曲以上。音楽ストリーミングの普及と成長に伴って、楽曲配信の需要が拡大していることが見えてきます。
音楽を配信できるプラットフォームの急増する流れが音楽業界内で増える中、DistroKidでは配信先を増やしています。Twitch、Snapchat、TikTok、Audiomackなど新しいプラットフォームへの配信を始めています。
アーティストが楽曲配信でマネタイズする機会に繋がり、SNSやストリーミングを通じて、自分たちのリーチできない国や地域にまで音楽を広げることが可能になってきています。
DistroKidのCEO、フィリップ・カプラン(Philip Kalpan)は「DistriKid創業以来、私たちのゴールはアーティストにとって重要なものを作ることです。成長が急速していますが、私たちのミッションは変わりありません。アーティストジャーニーの一部にDistroKidを選んでくれた全てのアーティストに感謝します」と述べます。
世界の音楽市場では、メジャーレーベルと契約せず、インディペンデント・リリースを行うアーティストやレーベルの存在が高まっています。2020年、同様のアーティストやレーベルの売上高は年間80億ドル(約8780億円)まで成長しており、今後数年でこの市場がさらに世界規模で成長することが予想されています。
Spotifyが出資するDistrokid
あまり知られていませんが、DistroKidにはSpotifyも過去に出資してきました。今後もSpotifyはDistroKidの株式を保有しています。
レコード会社や音楽出版社が特定のディストリビューターと資本関係を持つことは珍しくありませんが、音楽プラットフォームがディストリビューターと資本関係にあることで、音楽の流通網に息のかかった仲介企業を仲介させることが健全かどうかが問われるようになりました。
SpotifyはDistroKidのリリースを優先するのでは、との疑念や勝手な憶測を招くなど、アーティストとの信頼関係を築くのも厄介なものになっていました。
実際にSpotifyはアーティストディストリビューターとしてDistroKidを「Prederredパートナー」(奨励パートナー、Spotifyにアップロードする際に使用が奨励されるディストリビューターのこと)に認定していることもあり、2社の関係性が今後どのように変わるかには注視する必要があります。
とはいえ、AppleやGoogle、AWALが買収したソニーミュージックなども特定のディストリビューターと資本関係があるため、同じ議論が問われます。
業界関係者の中には、「音楽の民主化」を頻繁に称賛する声が上がりますが、プラットフォームとディストリビューションの間にグレーな関係性が残る限りは、平等な音楽経済の構築や、ステイクホルダー間での透明性高い情報共有の実現には程遠く、よって音楽の民主化に到達するには、業界改革にまだまだ時間を要すると言えるでしょう。
Distrokidのビジネスモデル
DistroKidのビジネスモデルはシンプルです。ユーザーであるアーティストは年間19.99ドルを支払い、同社プラットフォームを使ってSpotifyやApple Music、YouTubeなど世界のプラットフォームへ配信できます。いつでも楽曲登録が可能で、楽曲やアルバムは無制限にアップロードできます。
競合と比較すると、TuneCoreとCD Babyはシングルリリース毎に9.99ドル。アルバムリリース毎に29ドルを支払う、リリース・ベースの課金制となっているところが、利用価格面での大きな違いです。(Proサービスを使えば、値段が上がります)。
DistroKidは配信した楽曲における音楽ストリーミングからの売上100%をアーティストに還元します。これはTuneCoreも一緒です。
一方で、CD Babyの場合、ストリーミングとダウンロードの売上分配には9%のコミッションが発生します。
DistroKidでは複数アーティストやレーベル向けのプランも用意しています。2組のアーティストを配信する場合は年間35.99ドル。5組以上のアーティストを配信する場合は、79.99ドルから利用を始められます。DIYアーティストが集まるインディーレーベルやマネジメントが使えるようになっています。
誤解のないように言えば、利用価格だけでディストリビューション・パートナーを決めると、後に出来ないことに気付き、余計なコストが発生します。利用価格や配信ストアの数も重要ですが、それは一部に過ぎません。賢いディストリビューションの選び方は、必要なサービスを事前に比較することです。
例えば、SpotifyやApple Musicへのデリバリー日数がどれほど短時間でできるのか、SpotifyのPre-saveやApple MusicのPre-addが使えるか、YouTubeコンテンツIDに対応するか、支払いはいつ、どのツールで行われるのか、再生データはどのように共有されるのか。比較要素は、アーティストがやりたいことによって多岐に渡るので、サービス同士を見比べることがまずは重要になってきます。
もう一つの比較要素は追加コストです。DistroKidやTuneCore、CD Babyなどは、YouTubeのマネタイズ、カバー楽曲の配信、TikTokへの配信など、収益化するための機能に多数対応していますが、これらを使うには課金したりコミッションが生じるので、利用する前にコストを試算することが重要です。
DistroKidでは配信コストが他社よりも手頃な一方で、リリース日を設定したり、レーベル名を変更したり、UPCやISRCコードを発行したり、デイリーのデータを確認するには35.99ドルの「Musician Plus」プランにアップグレードする必要があり、追加機能の使用料やコミッションが新たに発生する仕組みになっています。
一度でも楽曲をDIYプラットフォームで配信したことがある人であれば理解出来るはずですが、リリースには普段は気が付かないコストが生じる場合が多々あります。ディストリビューターは差別化に繋げるため、常に対応できる領域を増やしているため、機能の把握と比較は定期的に行うことがオススメです。
ディストリビューターのビジネスモデルに話を戻すと、音楽ストリーミングがアーティストの収益源の中核となっていく今後、DistroKidのようなDIY型ディストリビューターや、TikTokerやYouTberなどのクリエイターを専門にするディストリビューターは、ストリーミングで配信や収益化を狙いたい多くの人の集まる場所になっていくことは確実視されます。それだけに、配信するアーティストや楽曲総数のペースはますます加速すると言えます。音楽ストリーミングで収益化のキッカケを見つけたいDIYアーティストが世界規模で増える分、新規ユーザーであるアーティスト獲得が好調に推移するという好循環が予想できます。アーティスト囲い込み数の観点では、もはやメジャーレコード会社が太刀打ちできなくなっているのが現状です。
その一方で、経営が難しくなる企業や成長できない企業も増えるのではとも考えられます。インディペンデント・リリースという長年守ってきた独立性だけでは市場競争に勝てなくなり、淘汰される企業やスタートアップも現れるのではないでしょうか。
こうした流れを見ると、今回のDistroKidの資金調達のように、影響力を強めるディストリビューターには、大企業やVCからの投資や資本提携、買収のオファーが行われる可能性もあります。同じことはEpidemic SoundやArtlist、Soundstripeといったオーディオライセンス・プラットフォームでも起きています。
音楽流通の存在が重要視されることを考えると、こうした企業がアーティストとファンとが直接繋がるためのツールや、収益化を増やすためのツール開発、収益性の可能性を広げるプラットフォームやパートナー企業へのアクセスなど、よりアーティスト志向で持続的な収益方法を今後数年で進歩させていくと予想されます。
source:
Music Distributor DistroKid Raises Money at $1.3 Billion Valuation (Bloomberg)